久しぶりに書いてみます。。。
お久しぶりです。
ほぼ毎日書いてきたこのブログですが、8月7日から一時休止していました。
実は、この数日の間に色々なことがあって、とてもブログを更新できるような状況じゃなかったんです。
でも、だいぶ落ち着いてきたので、そろそろこのブログも再開させたいと思います。今までのように毎日更新できるかは分かりませんが、できるだけ書いていこうと思っていますので、今後ともどうぞお付き合いよろしくお願いします。
さて、一体何があったかというと・・・
実は・・・
8月7日、午前6時23分・・・
私の父が亡くなりました。
知っている方もいるかと思いますが、私の父は病気でした。
「筋萎縮性側索硬化症」という、筋肉が萎縮し、筋力が徐々に無くなっていく病気です。原因不明で、有効な治療法も確立されていない難病です。
‘筋肉萎縮・筋力低下’ということは、いずれは歩くことも、食べることも、話すことも、そして、呼吸することもできなくなるということです。
気管を切開して人工呼吸器をつければ長く生きられる場合もあるそうですが、父は手術をして人工呼吸器をつけることを最初から拒否していました。管で機械に繋がれて生きていくのは、父にとっても、私たち家族にとっても辛く大変なことだから・・・と考えていたようです。
病気が分かったときに「長くて五年」と言われ、その時からいつかはこういう日が来ると覚悟はしていましたが、やはり実際にその日が来てしまうと辛いですね。
あまりにも急すぎて、しばらくは本当に信じられませんでした。
だって、亡くなる前日、最近では数口しか食べられなかったご飯をめずらしく全部食べたり、ほとんど声が出ないのに冗談を言って笑わせてきたり、一日中笑顔だったんです。もしかしたら最後の力を振り絞ったのかもしれません。ホントによく笑っていました。
だから、あの朝、母の叫び声で飛び起きて父の姿を見たとき、一瞬夢だと思いました。
というか、夢であってくれと思いました。
あの時のことは一生忘れません。
母が泣き叫んでいたこと。
兄がうろたえながらも先生や救急車に必死に電話していたこと。
私が父のことを呼びながら人工呼吸を続けたこと。
そして、父の身体がまだ温かかったこと。
すぐに、いつも往診に来てくれている先生や救急車が来てくれましたが、やはりもう脈はなく、このまま自宅で最期を迎えさせてあげようということになりました。
父は病院が嫌いでした。だから、自分の家で最期を迎えられて良かったんじゃないかなと思います。
しかも、家族全員がいる時間で。もし私が夜勤中だったらその時間はいないし、昼間だったら兄がいないし。
家に全員がいる日、親戚や先生がすぐに来てくれる時間。きっと、あの日のあの時間を選んで逝ったんじゃないかと思います。
父が亡くなって一週間以上経ちますが、やっぱりまだ時々涙が出てきます。
寂しくて悲しくて。
色んな人に「泣かないで」とか「しっかりしてね」って言われるけど、泣きたくないけど涙は出てくるし、しっかりしたくてもしっかりなんてできない時もあります。
弱っちい人間なんでしょうか。
良く分かりません。
時間が経てば、悲しさや辛さが少しは癒される・・・って聞いたことがあります。
でも、私はこの悲しみや辛さを忘れたくありません。
メソメソして泣きながら暮らすということではなくて、しっかり受け止めて生きていくという意味で。
だから、ここに残します。
長くなってしまいました。最後まで読んでくれた方はいるのでしょうか。少々生々しいところもあったかもしれません。気分を害された方もいたかもしれませんね。すみません。でも、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
最後に・・・
お父さん、
今まで本当にありがとう。素直になれなくて憎まれ口ばかり叩いて、いっぱいケンカもしたけど、本当に楽しいことばかりの毎日でした。
こないだ、私が身体の向きを変えてあげたとき、「お前のやり方が一番うまい」って言ってくれたこと、ホントに嬉しかったよ。
お父さん、たくさん遊んでくれてありがとう。たくさん色んなところに連れてってくれてありがとう。たくさん褒めてくれてありがとう。たくさん怒ってくれてありがとう。たくさんの笑顔をありがとう。たくさんの愛情をありがとう。
お父さんが、家族を大事にしてくれて、大好きでいてくれたから、私も家族が大好きです。お父さんとお母さんとお兄ちゃんが大好きです。
今まで色んなことがあったけど、家族四人で乗り越えてきたよね。これからもそれは変わらないと思っています。ずっと四人だよ。
本当にありがとう。これからもよろしくね。
大好きなお父さんへ。
平成19年8月18日。
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